自分のライフ・スタイルに合わせた車選び

急激に起こった流れの変化は、多くの人々の未来への不安を掻き立てました。


それが戦後経済の大いなる発展とともに長い間ずっと続いてきた単純な上級指向を押し止める力として作用しました。


人々は買い物に慎重になり、それまでもっていた上級指向一本槍の価値観を見直し始めました。


・・・となれば、その答えは自ずと一定の方向に収敏してきます。


つまり、もっと生活に密着し、暮らしに役立つ方向の選択が頭をもたげてきたのです。


中古車情報がグンと増えてきたのもこの頃あたりですね。


一時期女性誌が好んでつかった「ワンランク上の」云々といった価値観に無闇に無防備に飛びついていたばかばかしさに気付いたということなのです。


・・・そして、背伸びをやめて自分のライフ・スタイルに見合った等身大のクルマを選び・・・


生活の中にもっと有効に取り込んで、気楽に楽しく使ってゆきたいといった方向に流れが向いてきたということです。


バブル崩壊がもたらしたもの

60年代から70年代前半あたりまではとにかくクルマをもつことに憧れました。


しかし中古車情報が増え、それがほぼ満たされると、次は、大きく、強力で、高価なクルマをもつことが多くの憧れの対象になりました。


メーカーはそれに応えてサイズを大きくし、パワフルにし、贅沢な装備をどんどん増やしてきました。


・・・それもまたバブル期をピークにして多くが思いを遂げました。


そこで、バブルが弾けることになるのですが、その反動は強かったのです。


過去、景気の浮き沈みは何度もあったが、それは上昇力ーブに沿った小さな凹凸であり、雇用の安定や賃金の上昇は保証されていたので、ユーザーの購買意欲を強く減退させるといったことにはつながらなかったのです。


・・・と同時にモノへの執着心もまだ旺盛でした。


ところが、今回のバブルの崩壊は、モノへの執着心がそこそこ満たされた状況下で起こり、さらに戦後ずっと続いてきた雇用の安定や賃金の上昇にまで突然暗雲が立ちこめるといったことが重なったのです。


・・・これは戦後の繁栄にどっぷり浸かり切った日本人にとっては初めての試練であり、驚愕の体験なのです。

日本の自動車需要

まだまだ多くの人たちが「自分のクルマをもちたい」と願っていることは間違いのない事実です。


それに、ディーゼル車の黒煙を浴びながらひどい渋滞の中をノロノロ泳ぎ回るといった状況を毎日体験しながらもなお、


「自分の殻の中に腰を据えて自由に動ける」


・・・という、何物にもとってかわることのできない恩恵から離れられない人が絶対多数を占めることも事実なのです。


・・・にもかかわらず、「多くの人たちが"自動車"に興味を失いつつある」といわれるのはなぜなのでしょう?


中古車情報も増え続けているのに・・・。


自動車先進国の中でも、これはとくに日本でよく目にし耳にする話題なのですが、理由はおそらくこんなところにあるのでしょう。


つい数年前まで日本の自動車需要はずっと右肩上がりの状況が続いてきました。


そして、バブル期にそれは頂点に達しました。


・・・その間、日本のユーザーは常に上級指向をもち続けてきました。

人々が自動車に興味を失いつつあるわけ

今までの夢には物理的な優劣がかなり大きな部分として占められていました。


例えばそれはボディが大きく、エンジンが強く、速度が速くといったところです。


しかし、今後はそうした物理的優位性より、自分との相性・・・


つまり、自分の日常の中でそのクルマがどんな役割を果たしてくれるか・・・。


また、自分の生活にどんな楽しみやプラスをもたらしてくれるか、といったことに目が強く向けられるのではないでしょうか。


中古車検索サイトなどで車を探している人も、このようなポイントに重点を置いている人が多いようですしね。


さて、「多くの人たちがクルマに興味を失いつつある」といった話題がメディアを賑わす昨今ですが私はそうは思っていません。


クルマの需要が真に飽和点に達するのは「1人に1台がゆき渡ったとき」とはよく言われることですが、これは真理だと思います。


とはいえ、増加する一方の人口を支える能力を地球がもっているかという点にさえ大きな疑問符がつくくらいですから・・・


世界の人口と同数のクルマが地球を埋めることは物理的にも不可能なことです。


クルマへの夢

クルマが多くの人たちにとって特別なものであり続けるために、もっとも留意しなければならないことがあります。


1950年代までのような贅沢な芸術作品を作れと言っているわけではありません。


時代の流れがもはやそうした無駄を容易には許さない状況になっていることは、誰もが承知しています。


限られた資源をできるだけ持ちながらえさせなければならないことも、多くが共通してもつ暗黙の了解事項です。


・・・しかし、だからといって、クルマから夢が失われることがあってはなりません。


クルマから夢が失われたときは、クルマは電気冷蔵庫と同じものになってしまいます。


多くの人たちが、エンジンが完全に息の根を止めるまで1台のクルマを使い続けるようになったとき、自動車産業の未来はなくなります。


中古車情報市場も同じですね。


自動車産業がいつまでも活気をもち続けるためには、クルマに夢をもたせることしかないでしょう。


いつの世でもすぐれた実質と夢に対しては人はその代償を黙って支払ってきました。


・・・これからもこの性癖が大きく変わることはないでしょう。


ただ、"夢"の中身が今までと変わってゆくだろうことははっきりしています。


苦境に立つフランス/イタリア車

フランス/イタリアは、その料理やファッションと同じように、美しく魅力的でしかも個性的なクルマを生み出す力には依然としてすばらしいものをもち続けています。


しかし、生産合理化の遅れ、技術革新の遅れ、品質管理の遅れ、中古車情報の増加・・・


そして、世界規模の販売/サービスのネットワーク構築の遅れ等々によって、その競争力は苦境に立たされています。


今後の最大の課題ともいえる安全性や環境保護への対応にしてもしかりです。


同じヨーロッパにあってもドイツとの差は大きいのです。


フランスのルノー、プジョー/シトロエン・グループ、イタリアのフィアット・グループなどはヨーロッパを代表する名門メーカーですが、客観的に見てもその国際競争力は弱いといわざるをえません。


あえて車名は出さないですが(フランス車とだけは言っておきます)、何度もあるはずの検査の関門を無事?潜り抜けて、「クラッチ・ペダル付きのオートマチック車」(当然のことながら、オートマチック車にはクラッチ・ペダルがない)が日本に送りこまれた(それも1台ではなく、2台である!)という事件を私は知っていますが・・・


こうしたにわかには信じ難いことが実際に起こるということは、品質管理面や組織面での遅れがいかに大きなものであるかをはっきり示しています。


ヨーロッパの自動車産業

そうした香り高い背景が、一方では時間と効率といった点の観念が薄く、義務感と責任感に欠ける労働体質を作り出しました。


そして生産性の低下、労使間の軋礫、品質の低下を招いて、結局は価格と品質の両面での競争力を衰えさせ、日本の侵攻を許すことになったともいえます。


中でも、産業革命を起こし、「陽の沈むことのない国」といわれ、栄光をほしいままにしていたイギリスの凋落ぶりは痛々しいですね。


民族資本系メーカー最後の砦だったローバー・グループが、1994年にBMWの支配下に入ったことで、自動車史に残る数々の名車を生み出してきた伝統あるイギリスの自動車産業・・・


これは、事実上、米日独の支配下に置かれることになってしまったのです。


中古車情報がグンと増えたこともその原因のひとつかもしれません。


余談になりますが、英国日産が生産するマイクラ(マーチ)は、日本の技術者が設計し日本からの投資で建設された工場から生まれたクルマとして(つまり、日本の血筋のクルマとして)は初めてヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーの栄冠(93年度)を獲得しました。


また同じく英国日産は、93年度の英国での「最多輸出自動車メーカー」になるとともに、品質満足度調査(英国民放TV・チャンネル4)においても、マイクラが1位、プリメーラが2位というすばらしい評価をも獲得しています。

イギリス車の凋落

開拓時代からの伝統である「安くて品質のよいもの」が確実に支持されるという特性によって、アメリカ市場が大衆商品の未来への流れを占う上での大きな実験の場になるという点から考えても・・・


ここでの戦いには意味があります。


安全規制、大気汚染規制、燃費規制等々の法的な強化が次々と打ち出されることから考えても・・・


中古車の検索サイトなどがどんどん増えていく未来に向けて、技術革新の戦いの引き金もまたアメリカが握っているといえるでしょう。


人間の生活パターン、行動形態、生活圏の無限の拡大といった、様々なものを生み出してきたクルマは、まさに20世紀という世紀最大の道具であったといっても異論を挟む人はいないでしょう。


そのクルマを生んだのはヨーロッパですが・・・


世界中のどこよりも早く近代化の道を歩んだだけに、どこよりも早く社会と産業が成熟化、つまり進化・発展のスピードが鈍化してしまったといえます。


文化度も民度も高く、さらに伝統を大切にし、時の流れが生み出した価値を大切にする人々の多い市場は、オリジナリティに富んだコンセプトと生活に密着したすばらしいクルマを生み出しています。


アメリカ市場での戦い

ソ連の崩壊による冷戦時代の終結も、アメリカ自動車産業に大きな利益をもたらしつつあります。


・・・というのは、軍需産業や宇宙産業などへ流れていた優秀な頭脳が、かつてのように自動車産業へ集まり始めたからです。


無駄な人材をとことん削り落とし、優秀な人材を集められるようになったことは、今後のアメリカ自動車産業の競争力への大きな力になるはずです。


・・・いずれにせよ、アメリカ自動車産業は20年という長い月日がかかりはしたが今、確実に再生の道を歩み始めました。


かつてほどには圧倒的でないとはいえ・・・


世界一のGNPを誇り、広大な国土を網の目のようにネットワークする道路網をもち、2億7000万人の人口を抱く巨大な市場を足もとにもつアメリカ自動車産業が競争力を取り戻せば、世界の勢力地図は大きく塗り替えられることになります。


日本メーカーに続いて、すでにメルセデス・ベンツやBMWもアメリカへの工場進出を決めています。


世界一の購買力をもち、中古車情報の多いアメリカ市場での戦いは今後もますます激化してゆくでしょう。


クライスラー・ネオンの登場

ネオンは発売早々、ブレーキ系とエンジン系のリコールを起こしました。


この件に関して、「コストダウンの方法に技術的な無理がある」、「わたしたちには怖くて実行できないコストダウン設計が種々みられる」といった声が日本のメーカーからは上がっていますが・・・


私の目から見ても確かにそう思えるところがあります。


しかし、その一方で「少々のリコールなど問題ではありません。


そんなことより、これだけ大胆な革命に取り組んだという点に、わたしたちは目を向けるべきだ」という声も多く上がっていることに私はむしろ注目したいのです。


ネオンの開発手法がクライスラーとアメリカ自動車産業に大きな利益をもたらすか不利益をもたらすか・・・


そして、「コストの敵は容赦なく切り捨てる」という大胆な手法によって生み出されるアメリカン・ニュー・クオリティが、日本車にとって真の脅威になるかどうかも、答えが出るまでにはまだまだ時間が必要です。


しかし、ネオンというアメリカ車の出現によって、日本のメーカーはもちろん欧州のメーカーも、かつてなかった新しい視点と価値観から車を見つめ、考える必要に迫られているのは確かでしょう。


この車は中古車情報も多く、大変な人気を誇っていました。