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中古車情報 アーカイブ

はじめまして!

今日からブログをなんとな~く始めてみました。


よろしくお願いします!!


このブログでは、私の趣味である車、特に中古車についてや、中古車情報などを主に書いていこうと思ってます♪


さて、究極にシビアにドライに、コストを切り詰めた車・・・


それはクライスラー・ネオンです。


最低限の装備を組み込んだモデルであれば1万3000ドルほどになってしまいますし、十分な装備のネオンを日本に輸入したとしたら200万円近くになってしまうかもしれない、といった計算にもなります。


・・・つまり、車そのものより、クライスラーの宣伝の仕方がセンセーショナルだったといった見方もできるのですが・・・


それにしても確かに、同クラス/同装備の日本車より、アメリカ市場での価格が2000ドルほど安いという事実は見逃せません。


いずれにしても、ネオンは「コスト削減」という目標に徹底的に取り組んだアメリカ車であり、組織のあり方をも含めた開発方法、設計方法、生産方法は「かつてない大きな意識改革から生まれたもの」であり・・・


そして、新生アメリカ自動車産業のシンボル的存在であることは間違いありません


クライスラー・ネオンの登場

ネオンは発売早々、ブレーキ系とエンジン系のリコールを起こしました。


この件に関して、「コストダウンの方法に技術的な無理がある」、「わたしたちには怖くて実行できないコストダウン設計が種々みられる」といった声が日本のメーカーからは上がっていますが・・・


私の目から見ても確かにそう思えるところがあります。


しかし、その一方で「少々のリコールなど問題ではありません。


そんなことより、これだけ大胆な革命に取り組んだという点に、わたしたちは目を向けるべきだ」という声も多く上がっていることに私はむしろ注目したいのです。


ネオンの開発手法がクライスラーとアメリカ自動車産業に大きな利益をもたらすか不利益をもたらすか・・・


そして、「コストの敵は容赦なく切り捨てる」という大胆な手法によって生み出されるアメリカン・ニュー・クオリティが、日本車にとって真の脅威になるかどうかも、答えが出るまでにはまだまだ時間が必要です。


しかし、ネオンというアメリカ車の出現によって、日本のメーカーはもちろん欧州のメーカーも、かつてなかった新しい視点と価値観から車を見つめ、考える必要に迫られているのは確かでしょう。


この車は中古車情報も多く、大変な人気を誇っていました。

アメリカ市場での戦い

ソ連の崩壊による冷戦時代の終結も、アメリカ自動車産業に大きな利益をもたらしつつあります。


・・・というのは、軍需産業や宇宙産業などへ流れていた優秀な頭脳が、かつてのように自動車産業へ集まり始めたからです。


無駄な人材をとことん削り落とし、優秀な人材を集められるようになったことは、今後のアメリカ自動車産業の競争力への大きな力になるはずです。


・・・いずれにせよ、アメリカ自動車産業は20年という長い月日がかかりはしたが今、確実に再生の道を歩み始めました。


かつてほどには圧倒的でないとはいえ・・・


世界一のGNPを誇り、広大な国土を網の目のようにネットワークする道路網をもち、2億7000万人の人口を抱く巨大な市場を足もとにもつアメリカ自動車産業が競争力を取り戻せば、世界の勢力地図は大きく塗り替えられることになります。


日本メーカーに続いて、すでにメルセデス・ベンツやBMWもアメリカへの工場進出を決めています。


世界一の購買力をもち、中古車情報の多いアメリカ市場での戦いは今後もますます激化してゆくでしょう。


イギリス車の凋落

開拓時代からの伝統である「安くて品質のよいもの」が確実に支持されるという特性によって、アメリカ市場が大衆商品の未来への流れを占う上での大きな実験の場になるという点から考えても・・・


ここでの戦いには意味があります。


安全規制、大気汚染規制、燃費規制等々の法的な強化が次々と打ち出されることから考えても・・・


中古車の検索サイトなどがどんどん増えていく未来に向けて、技術革新の戦いの引き金もまたアメリカが握っているといえるでしょう。


人間の生活パターン、行動形態、生活圏の無限の拡大といった、様々なものを生み出してきたクルマは、まさに20世紀という世紀最大の道具であったといっても異論を挟む人はいないでしょう。


そのクルマを生んだのはヨーロッパですが・・・


世界中のどこよりも早く近代化の道を歩んだだけに、どこよりも早く社会と産業が成熟化、つまり進化・発展のスピードが鈍化してしまったといえます。


文化度も民度も高く、さらに伝統を大切にし、時の流れが生み出した価値を大切にする人々の多い市場は、オリジナリティに富んだコンセプトと生活に密着したすばらしいクルマを生み出しています。


ヨーロッパの自動車産業

そうした香り高い背景が、一方では時間と効率といった点の観念が薄く、義務感と責任感に欠ける労働体質を作り出しました。


そして生産性の低下、労使間の軋礫、品質の低下を招いて、結局は価格と品質の両面での競争力を衰えさせ、日本の侵攻を許すことになったともいえます。


中でも、産業革命を起こし、「陽の沈むことのない国」といわれ、栄光をほしいままにしていたイギリスの凋落ぶりは痛々しいですね。


民族資本系メーカー最後の砦だったローバー・グループが、1994年にBMWの支配下に入ったことで、自動車史に残る数々の名車を生み出してきた伝統あるイギリスの自動車産業・・・


これは、事実上、米日独の支配下に置かれることになってしまったのです。


中古車情報がグンと増えたこともその原因のひとつかもしれません。


余談になりますが、英国日産が生産するマイクラ(マーチ)は、日本の技術者が設計し日本からの投資で建設された工場から生まれたクルマとして(つまり、日本の血筋のクルマとして)は初めてヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーの栄冠(93年度)を獲得しました。


また同じく英国日産は、93年度の英国での「最多輸出自動車メーカー」になるとともに、品質満足度調査(英国民放TV・チャンネル4)においても、マイクラが1位、プリメーラが2位というすばらしい評価をも獲得しています。

苦境に立つフランス/イタリア車

フランス/イタリアは、その料理やファッションと同じように、美しく魅力的でしかも個性的なクルマを生み出す力には依然としてすばらしいものをもち続けています。


しかし、生産合理化の遅れ、技術革新の遅れ、品質管理の遅れ、中古車情報の増加・・・


そして、世界規模の販売/サービスのネットワーク構築の遅れ等々によって、その競争力は苦境に立たされています。


今後の最大の課題ともいえる安全性や環境保護への対応にしてもしかりです。


同じヨーロッパにあってもドイツとの差は大きいのです。


フランスのルノー、プジョー/シトロエン・グループ、イタリアのフィアット・グループなどはヨーロッパを代表する名門メーカーですが、客観的に見てもその国際競争力は弱いといわざるをえません。


あえて車名は出さないですが(フランス車とだけは言っておきます)、何度もあるはずの検査の関門を無事?潜り抜けて、「クラッチ・ペダル付きのオートマチック車」(当然のことながら、オートマチック車にはクラッチ・ペダルがない)が日本に送りこまれた(それも1台ではなく、2台である!)という事件を私は知っていますが・・・


こうしたにわかには信じ難いことが実際に起こるということは、品質管理面や組織面での遅れがいかに大きなものであるかをはっきり示しています。


クルマへの夢

クルマが多くの人たちにとって特別なものであり続けるために、もっとも留意しなければならないことがあります。


1950年代までのような贅沢な芸術作品を作れと言っているわけではありません。


時代の流れがもはやそうした無駄を容易には許さない状況になっていることは、誰もが承知しています。


限られた資源をできるだけ持ちながらえさせなければならないことも、多くが共通してもつ暗黙の了解事項です。


・・・しかし、だからといって、クルマから夢が失われることがあってはなりません。


クルマから夢が失われたときは、クルマは電気冷蔵庫と同じものになってしまいます。


多くの人たちが、エンジンが完全に息の根を止めるまで1台のクルマを使い続けるようになったとき、自動車産業の未来はなくなります。


中古車情報市場も同じですね。


自動車産業がいつまでも活気をもち続けるためには、クルマに夢をもたせることしかないでしょう。


いつの世でもすぐれた実質と夢に対しては人はその代償を黙って支払ってきました。


・・・これからもこの性癖が大きく変わることはないでしょう。


ただ、"夢"の中身が今までと変わってゆくだろうことははっきりしています。


人々が自動車に興味を失いつつあるわけ

今までの夢には物理的な優劣がかなり大きな部分として占められていました。


例えばそれはボディが大きく、エンジンが強く、速度が速くといったところです。


しかし、今後はそうした物理的優位性より、自分との相性・・・


つまり、自分の日常の中でそのクルマがどんな役割を果たしてくれるか・・・。


また、自分の生活にどんな楽しみやプラスをもたらしてくれるか、といったことに目が強く向けられるのではないでしょうか。


中古車検索サイトなどで車を探している人も、このようなポイントに重点を置いている人が多いようですしね。


さて、「多くの人たちがクルマに興味を失いつつある」といった話題がメディアを賑わす昨今ですが私はそうは思っていません。


クルマの需要が真に飽和点に達するのは「1人に1台がゆき渡ったとき」とはよく言われることですが、これは真理だと思います。


とはいえ、増加する一方の人口を支える能力を地球がもっているかという点にさえ大きな疑問符がつくくらいですから・・・


世界の人口と同数のクルマが地球を埋めることは物理的にも不可能なことです。


日本の自動車需要

まだまだ多くの人たちが「自分のクルマをもちたい」と願っていることは間違いのない事実です。


それに、ディーゼル車の黒煙を浴びながらひどい渋滞の中をノロノロ泳ぎ回るといった状況を毎日体験しながらもなお、


「自分の殻の中に腰を据えて自由に動ける」


・・・という、何物にもとってかわることのできない恩恵から離れられない人が絶対多数を占めることも事実なのです。


・・・にもかかわらず、「多くの人たちが"自動車"に興味を失いつつある」といわれるのはなぜなのでしょう?


中古車情報も増え続けているのに・・・。


自動車先進国の中でも、これはとくに日本でよく目にし耳にする話題なのですが、理由はおそらくこんなところにあるのでしょう。


つい数年前まで日本の自動車需要はずっと右肩上がりの状況が続いてきました。


そして、バブル期にそれは頂点に達しました。


・・・その間、日本のユーザーは常に上級指向をもち続けてきました。

バブル崩壊がもたらしたもの

60年代から70年代前半あたりまではとにかくクルマをもつことに憧れました。


しかし中古車情報が増え、それがほぼ満たされると、次は、大きく、強力で、高価なクルマをもつことが多くの憧れの対象になりました。


メーカーはそれに応えてサイズを大きくし、パワフルにし、贅沢な装備をどんどん増やしてきました。


・・・それもまたバブル期をピークにして多くが思いを遂げました。


そこで、バブルが弾けることになるのですが、その反動は強かったのです。


過去、景気の浮き沈みは何度もあったが、それは上昇力ーブに沿った小さな凹凸であり、雇用の安定や賃金の上昇は保証されていたので、ユーザーの購買意欲を強く減退させるといったことにはつながらなかったのです。


・・・と同時にモノへの執着心もまだ旺盛でした。


ところが、今回のバブルの崩壊は、モノへの執着心がそこそこ満たされた状況下で起こり、さらに戦後ずっと続いてきた雇用の安定や賃金の上昇にまで突然暗雲が立ちこめるといったことが重なったのです。


・・・これは戦後の繁栄にどっぷり浸かり切った日本人にとっては初めての試練であり、驚愕の体験なのです。

自分のライフ・スタイルに合わせた車選び

急激に起こった流れの変化は、多くの人々の未来への不安を掻き立てました。


それが戦後経済の大いなる発展とともに長い間ずっと続いてきた単純な上級指向を押し止める力として作用しました。


人々は買い物に慎重になり、それまでもっていた上級指向一本槍の価値観を見直し始めました。


・・・となれば、その答えは自ずと一定の方向に収敏してきます。


つまり、もっと生活に密着し、暮らしに役立つ方向の選択が頭をもたげてきたのです。


中古車情報がグンと増えてきたのもこの頃あたりですね。


一時期女性誌が好んでつかった「ワンランク上の」云々といった価値観に無闇に無防備に飛びついていたばかばかしさに気付いたということなのです。


・・・そして、背伸びをやめて自分のライフ・スタイルに見合った等身大のクルマを選び・・・


生活の中にもっと有効に取り込んで、気楽に楽しく使ってゆきたいといった方向に流れが向いてきたということです。


新しい価値観の提示を

前回述べたような流れは、クルマに夢を抱かなくなったことを示しているわけでもありません。


また、クルマに興味を失ったということでもないでしょう。


以前記したような理由で、多くの人たちに価値観の変化が起こったことによって「従来の価値観で作られた"自動車"」に興味を失った人たちが増えているだけのことだと私は考えています。


・・・ですから、モノへの単純な執着心や上級指向を失った人たちが求めている「新しい価値観」を提示することができれば、再び中古車に熱い目が向けられることになるに違いないのです。


ところで、「新しい価値観」といっても、それを捜し出すのはとても難しいことです。


しかし、ひとついえるのは、送り手のメッセージが受け手にはっきり伝わるクルマでなければならないという点です。


「どんな人が、どんな目的で、どんな時に使うクルマなのか」といったことを明確にアピールし、受け手が迷わずに自分の価値観を重ねられるようなクルマです。


リアルな車選びをする現代

「こいつを買えば、オレにはこんなステージが待っている」といったイメージを、現実感を添えてハッキリさせるということです。


例えば、艶然と微笑むイブニング・ドレス姿の母親らしき女性と、タキシードで身を固めバイオリンを抱いた子供がコマーシャル・バンを飾り立てただけの1ボックス・ワゴンの対向シートに向かい合って座っている・・・


この種のカタログはいまだによく見かけますが、まるで掘っ立て小屋の中でフランス料理を食うといったような・・・


あまりにも現実感に乏しい、貧しさ剥き出しのメンタリティから生まれたクルマは、今後はきっと見向きされなくなるだろうということです。


中古車情報が多いことや夢を見せることは大事ですが、それが見果てぬ夢でもなく、馬鹿げた夢でもなく、


「ああそうか。こいつと付き合えば、こんな感じになるんだな!」


・・・といった、現実感の上に立った夢を見せることが必要だと私は考えているのです。


たとえば小型4ドア・セダンについて考えてみましょう。


小型4ドア・セダンといえば、手頃な価格で買えて、低いランニング・コストで維持できて、4人が狭苦しさを感じずに座れるキャビンをもち、誰にでも運転しやすくて、そこそこの性能と快適性を発揮する・・・


そんな内容を、スタイリッシュで立派に見えながらも決して前に進みすぎてはいないデザインで包み込むといったところが基本的な骨格になっていたはずです。


その骨格の上に、"個性"という名のほんの小さな飾り枠をはめれば「出来上がり」でした。

想像力をかきたてられる車

トヨタのような強大なメーカーが"世界のマス・マーケット"を対象に作り出す小型4ドア・セダンという条件下であれば、こうした既成の価値観が今後とも力をもち続けることはむろんありえます。


・・・しかし、商品そのものの魅力で売ってゆかなくてはならないメーカーのクルマということになると、そうはいきません。


例え小型4ドア・セダンという平凡なカテゴリーのクルマではあっても、高いインテリジェンスを感じさせるとか、高級車にも比肩しうる質の高さをもっているとか、ひたすらシンプルでありジーンズだけで過ごすようなライフ・スタイルにピッタリであるとか、すべての機能が熟年ユーザーに優しく仕立てられている・・・


・・・といったように際立った特徴をもち、ユーザーが中古車情報やクルマを見たとき、


「こいつを買えば、こんな時間が過ごせる」、「こいつと付き合えば、オレはこんなステージに立てる」、「こいつは、年寄りをとても大事にしている」


・・・といった現実的なイメージが浮かび上がってくるようなクルマであることが必要だということです。


これは、トヨタのような強大なメーカーのクルマであっても、マス.マーケットを相手にするクルマ以外には当てはまることだと思います。


とにかく今後、開発者たちは、ユーザーの現実的思考回路と夢想的思考回路の両方を共に細部までしっかりと検討し、どういうユーザーにどういうクルマをどういう形で提供すれば、どういう満足が提供できるのかということを、ハードウェアとソフトウェアの両面から可能な限り具体的に整理。


その上で「こうするべき」という結論を計画書の上に明記するべきです。


そういう意味では、開発担当技術者は宣伝分野にまで深く立ち入るべきですし、宣伝担当者も開発現場に深く立ち入るべきでしょう。

ミニマム指向のクルマづくり

今後多くの人たちから求められる価値観は、ある種の合理性を伴ったものだと考えてもいいでしょう。


合理性というと、とかくカサカサに乾いた無味無臭の物体を思い出しがちでしょうが、そうではありません。


・・・それは必要なものと不要なものをはっきり区別するということです。


ほとんど戦後に興ったといっていい日本のモータリゼーションは最近まで上級指向で貫かれてきました。


より大きく、より強く、より速いクルマをみんなが求めてきました。


それ自体とくに不思議なことではありません。


欲望とは常に上を向いているものであり、大なり小なり世界に共通したことでもあるからです。


しかし、日本は戦前と戦後の一時期の非常な貧しさからかなり一足飛びに豊かになったという状況に引きずられたのか・・・


モノに対する執着心、金こそすべてといった風潮が野火のように広がり、それはクルマ選びにも当然強く及んだという側面を見逃すわけにはいきません。


それにホンダ 中古車が増えたことも、そうしたことの要因のひとつでしょう。

猫も杓子もターボ化した時代・・・

日本はモータリゼーションの奥行きが浅く、クルマと生活との密着度は希薄でした。


そのため、勢い、その趣味嗜好は質のよさといった内面的な部分よ恢見かけの立派さ派手さを競う方向へと向かうことになったのでしょう。


それはボディ・サイズから始まって、エンジン排気量、カムシャフトの数、バルブの数・最高出力、最高速度、メーターやスイッチ類の多さ・・・


果てはオーディオのスピーカーとスイッチの数にまで及んでいます。


いったんターボが出れば猫も杓子もターボ化され、4WDが出ればすべてのモデルに4WDが追加されます。


それは、確かに日本自動車産業のエネルギーの強さの象徴だったと受け取ることもできますが・・・


中古車の情報を得るユーザーもメーカーも常軌を逸していました。


・・・まるで打ち出の小槌をふればクルマなんかいくらでもできるといった感じでした。


イメージ・キャラクター


ホンダ 中古車などの自動車は、サイズの大小や使用目的に合わせて、さまざまなモデルが作られています。


・・・したがって、特定のクルマを対象にすれば、そのユーザーの年齢や社会的地位はおのずと限られてくるはずです。


事実はむしろこれとは逆に、ニューモデルを開発するときには、特定のユーザー層に絞って、それに見合った車としてのスタイリングやデザインが進められているといった方が正確です。


そこで、これを文字で表現する代わりに、ヵタログやパンフレットにイメージ・キャラクター(性格づけの人物)として、有名人を使うことになります。


当然これには、映画俳優があてられることが多く、プレステージ・カーには年配者で風格のあるモデルを選び・・・


なつかしいところで言えば、クラウンの山村聡やセドリックのニ谷英明がいますね。


ファミリー・カーではカローラのジェリー藤尾のように家族まで動員された例もあります。

ファッション性の高い中古車

女性オーナーにねらいをつければ、サニーの松坂慶子や小野みゆきがいました。


ターセル/コルサでは山口百恵が使われていましたね。


スペシャルティ・カーでは、レパードのような中年向けには加山雄三が出場。


中古車情報の多いシティのようなヤング向けのクルマではマッドネス・グループがあてられ、いずれも歌手兼俳優のところがよく似ています。


もちろんスポーツ・マンの活用も例が多く、グロリアのジャック・ニコラスやコロナの長島茂雄の例があり・・・


スポーツ・カーではセリカのコーリン・チャップマンのようなスポーツ・カーのデザイナーや、スカイラインのポール・ニューマンのようなレーシング・ドライバーの経験がある俳優などが起用されています。


イメージ・キャラクターとはちがいますが・・・


ピエール・カルダンやユベール・ジバンシイなどとともに森英恵など、ファッション界の人物も使われ、これらの人々が内装のデザインを担当したとして商品のイメージ・アップをはかっています。


パリで人気のホンダ中古車


モーター・スポーツへの参加自動車はなんといっても走るための機械ですから・・・


セールス・プロモーションにはモーター・スポーツ活動が最も直接的であり、効果的です。


古い話ではフォード1世が、1902年に早くもレーシング・カーの999号を作り、時速147キロメートルの記録を作っています。


その名前も、ニューヨーク・セントラル鉄道の特急用機関車の番号から取るなど、あくまでスピードのイメージを主にした宣伝を前提としたレース活動であることが分かります。


ヨーロッパでも同様で、ガソリン自動車の誕生後間もなくから新聞社主催の自動車レースが開かれ・・・


この方は大都市間のロード・レースの形を取り、自動車メーカーとタイアップをして宣伝活動をしています。


このうち、現在まで続いているフランスのグランプリ・レースなどは、1895年に第一回が開催され、パリ・ボルドー間278キロメートルで行われ、パナール車が平均速度毎時24キロメートルで優勝しています。


ちなみにフランスではホンダ 中古車が人気のようですね。


自動車メーカーとオートレース


大メーカーが本格的にレース活動をしたのは、フランスのルノーやプジョーがはじめであり、ドイツではダイムラー社です。


現在の名車メルセデスも、最初は1901年製作のレーシング・カーの名前でした。


中古車の検索サイトの多い日本でも、1930年代からオートレースが開かれていますが・・・


このころには自動車メーカーの宣伝活動はなく、自動車修理工場が作るレーシング・カーを集めた新聞社主催のショーに近かったのです。


メーカーとして本格的にモーター・スポーツに参加したのは、1957年の豪州ラリーにトヨタのクラウンが参戦。


翌58年に日産のダットサンがクラス優勝したあたりが最初の成果です。


そして、日本の第一回グランプリ・レースは、1963年にホンダの鈴鹿サーキットで開かれ、全メーカーが積極的に参加しています。


・・・ただ、あまりにも自動車メーカーが正面切ってレース活動をすることは、若者の暴走心をかきたてるということで、社会的批判を受けやすいのです。

おすすめはホンダの中古車!

現在では、国内に限っては広告などに目立ったレース活動をのせないようにしています。


また、大メーカーが本格的に作り上げたレーシング・カーは、性能的にも極端に高くなり、当然サーキットだけを走るマシーンなので、現実の市販車やホンダ 中古車とは無縁のものになっています。


・・したがって最近では、ラリー競技に重点が移り、市販車を改造して参加する例が多いです。


日本では日産とトヨタが最も熱心であり、サハリなど世界的に著名なレースに参加を続けています。


これに対し、ホンダはレース・サーキットを持ち、フォーミュラー・カーなど純粋なレーシング・カーでは、かつて優勝したこともあります。


現在は、まずはじめF1用エンジンの製作を行うことから始め、海外ではレース活動も積極的に行ってはいますが・・・


国内ではシビック・レースなど、地味な活動をしているのに過ぎません。


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