クルマへの夢
クルマが多くの人たちにとって特別なものであり続けるために、もっとも留意しなければならないことがあります。
1950年代までのような贅沢な芸術作品を作れと言っているわけではありません。
時代の流れがもはやそうした無駄を容易には許さない状況になっていることは、誰もが承知しています。
限られた資源をできるだけ持ちながらえさせなければならないことも、多くが共通してもつ暗黙の了解事項です。
・・・しかし、だからといって、クルマから夢が失われることがあってはなりません。
クルマから夢が失われたときは、クルマは電気冷蔵庫と同じものになってしまいます。
多くの人たちが、エンジンが完全に息の根を止めるまで1台のクルマを使い続けるようになったとき、自動車産業の未来はなくなります。
中古車情報市場も同じですね。
自動車産業がいつまでも活気をもち続けるためには、クルマに夢をもたせることしかないでしょう。
いつの世でもすぐれた実質と夢に対しては人はその代償を黙って支払ってきました。
・・・これからもこの性癖が大きく変わることはないでしょう。
ただ、"夢"の中身が今までと変わってゆくだろうことははっきりしています。